トルコにみる民族と言語と宗教の多様性

調査のため3月にトルコに滞在した北アフリカ研究センター所属の岩崎真紀助教からの現地報告を掲載します。

はじめに

去る3月15日から28日にかけて、科学研究費補助金・基盤研究(A)「変革期のイスラーム社会における宗教の新たな課題と役割に関する調査・研究」の分担者として、本科研代表者である塩尻和子東京国際大学国際交流研究所長/筑波大学名誉教授と日本トルコ文化交流会のエブル・イスピル博士とともに、トルコを訪問した。現地ではイズミル、イスタンブール、コンヤ、カッパドキア、シャンルウルファ、マルディンに滞在した。

わたしにとり、トルコ訪問は今回が初めてだったのだが、自身の専門である宗教学という観点からみて、ヨーロッパとアジアが交差する国トルコが、民族、言語、宗教的に多様であることに驚かされた。その驚きは、同時に、民族や宗教の境界線が、現代とはまったく異なるオスマン朝時代(1299-1922)のトルコの姿に思いを馳せる機会ともなった。そもそもオスマン朝が、日本でいえば鎌倉時代から大正時代にかけての600年以上ものあいだ続いたこと、そして、最盛期には中央アジアから東ヨーロッパにわたる広大な領土を統治したことからして、現代から見ると驚異的である。

民族的多様性

現在、トルコ人と一口に言っても、髪や目、肌の色は実に様々である。カッパドキアでお世話になった方の祖先はモロッコ出身、そのご伴侶の祖先は東ヨーロッパ出身とのことで、おふたりとも一見したところはいわゆるアラブ人と東ヨーロッパ人のようだった(アラブ人や東ヨーロッパ人のなかにも多様性はあるが)。イスラーム神秘主義最大の詩人のひとりルーミー(1207-1273)の廟があるコンヤに行った際には、アルジェリアから来ていた神秘主義者グループと出会った。じっくり話してみると、彼らの祖先はもともとトルコに住んでおり、オスマン朝時代にアルジェリアに移り住んだとのことだった。このような人々の姿は、民族や文化といった境界をやすやすと超え、世界を切り拓いていった当時の人々の姿を体現しているようだ。

イスタンブール:(左から)本出張をアレンジしてくださったエブル博士(ムスリマ)、アルメニア・カトリック主教、アルメニア正教徒ジャーナリスト(2014年3月21日)

イスタンブール:(左から)本出張をアレンジしてくださったエブル博士(ムスリマ)、アルメニア・カトリック主教、アルメニア正教徒ジャーナリスト(2014年3月21日)

言語的多様性

トルコでは、トルコ語、アラビア語、クルド語、シリア語、アルメニア語など、民族ごとに異なる言語が用いられており、それ以外の言語に堪能な方も多かった。例えば、クルド語、トルコ語、アラビア語を話すクルド系出自を持つ公務員の男性やアルメニア語、トルコ語、英語を話すアルメニア正教徒のジャーナリストの女性などにお世話になった。民族的多様性は言語的多様性と関係している。余談だが、アラブ系人口が多いシャンルウルファとマルディンでは、アラブ系ムスリムとシリア正教の方にインタビューする機会を得たが、英語を解さない先方とトルコ語を解さないわたしのあいだで共通の言語として役立ったのは、アラビア語だった。

マルディン:シリア正教会ザフラーン修道院(2014年3月20日)

マルディン:シリア正教会ザフラーン修道院
(2014年3月20日)

コンヤ:アルジェリア人神秘主義者一家(2014年3月25日)

コンヤ:アルジェリア人神秘主義者一家
(2014年3月25日)

宗教的多様性

トルコは人口の99%がムスリムでありながら、その国是は世俗主義である。したがって、イスラームに対する考え方や実践については個人差が大きいことはよく耳にしていたが、今回それがよく分かった。「神のことは深く信じているが、一日五回の礼拝はしないし、お酒も飲むし、タバコも吸う」と公言する人に何人も出会った。他方で大変熱心に信仰を実践している人もたくさんいたが、このような人たちも、「自身の信仰をどのように実践するかは個人の問題」と言っており、実践しない人のことを声高に批判するようなことはなかった。このようなトルコのムスリムの多様なあり方を見てとることができたのは、大きな収穫だった。
一方、シリア正教徒、アルメニア正教徒、アルメニア・カトリック教徒の方々との出会いを通して、イスラーム社会のなかで脈々と受け継がれてきたキリスト教の伝統の現場に触れることができたことも、貴重な体験だった。同じイスラーム社会の宗教的マイノリティである、エジプト総人口の約10%を占めるコプト正教徒と、シリア正教会、アルメニア正教会、アルメニア・カトリック、ギリシア正教会などさまざまな宗派を合わせても総人口の1%に満たないトルコのキリスト教徒とのあいだには、共通点と相違点がさまざまなかたちで見てとれた。いずれにしても、イスラーム以前からつづくキリスト教宗派が、現代まで独自の共同体を保持しえた理由やイスラームの他宗教への寛容さについては、今後より深く探求していきたい。

イスタンブール:アヤソフィアにみるキリスト教とイスラームの共存。ドームに描かれた聖母子像をムハンマドと神(アッラー)の名が記された円板が囲む(2014年3月22日)

イスタンブール:アヤソフィアにみるキリスト教とイスラームの共存。ドームに描かれた聖母子像をムハンマドと神(アッラー)の名が記された円板が囲む(2014年3月22日)

おわりに

今般のトルコ出張は、景観、芸術、食という観点からも、印象深いものだった。これらについては、今回の出張のコーディネートをしてくださった日本トルコ文化交流会のホームページに掲載されている。
折しも地方選挙直前の時期の滞在だったため、政党ごとに異なる、色とりどりの宣伝用小旗が、どの街にもはためいていた。与党議員の汚職問題が巷間を賑わし、首相がこの問題の元凶とみなしたツイッターを遮断するという事態も起きた(のちに裁判所の命令で再開)。そんななか、わたしが接した多くのトルコ人は、「トルコはこの10年で経済的には大きく発展(GDPが約4倍)したように見えるが、現在、岐路に立っている。トルコが民主的な国家として真に発展していくためには、指導者が変わらなければならない」という趣旨のことを述べていた。最終的に選挙では与党が勝ったが、その結果に満足していない国民も多い。2013年10月には本邦の首相がトルコを訪問、今年1月にはトルコ首相が来日し、両国の関係は今後ますます緊密になってくるものと考えられる。日本にとっても、トルコの国内情勢はひきつづき注視する必要があるだろう。

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