エジプト・レポート(2)

現在調査のためエジプトに滞在している北アフリカ研究センター(ARENA)所属の岩崎真紀先生から、レポートが届きました。前回に続きエジプトレポートをお送りします。

エジプト・レポート(2)2012年7月23日

地図1

写真1:ムバーラク前大統領が収監されているトーラ刑務所(2012.7.18)

7月18日(水)、カイロを発ち240km南の小都市ミニヤに到着しました(地図1)。カイロを出て、郊外の道を車で走っているとき、運転手さんが「ここにムバーラクがいるよ」と指さしたのが、トーラ刑務所でした(写真1)。入口には人だかりができていたので、ムバーラクの様子を知ろうと来た人々かと思いきや、収監されている囚人の家族だろうとのことでした。

写真2:軍道路(2012.7.18)

カイロと上エジプト(エジプト南部)を結ぶ幹線道路はいくつかありますが、今回は東方沙漠のなかをまっすぐに走る「軍道路」(タリーク・ゲーシュ)を使いました。1月25日革命以前、ミニヤに行くためには「西沙漠道」(タリーク・サハラウィー・ガルビー)か「農業道」(タリーク・ズィラーイー)を使っていたのですが、これら2つの道は警察の検問が何カ所もありミニヤまで5-6時間はかかりました。何を調べているのかよく分からないまま各検問所で20分、30分と待たされたためです。しかし、革命後に開通した軍道路を利用した今回は、

写真3:軍道路ミニヤ出口(2012.7.18)

検問所自体が少なかっただけではなく、革命の影響で警察権力が相対的に低下しているため検問自体がなく、3.5時間で到着しました。軍道路は、片道三車線―と言っても車線がない区間が多いのですが―、時々思い出したように救護所の印である三日月が描かれた小さな建物があるくらいで、売店やガソリンスタンドがない道を、多くの車がものすごい速さで駆け抜けていきます(写真2)。検問所(というよりはもう料金所と言ってもいいのかもしれませんが)は古代神殿のような作りです(写真3)。途中、車内が少しずつ暑くなってきて、自分たちが沙漠の真ん中にいることを実感しました。

写真4:ミニヤのナイル川

ミニヤで定宿としているホテルに到着すると顔なじみのスタッフたちが歓迎してくれました。皆、「今年は暑い!」と言っています。ミニヤのここ最近の最高気温は、カイロより2度程度高い38~42度。たしかに暑いです。しかし、人も車もカイロほど多くないミニヤは空気が澄んでいて、ナイル川の水も青々としているため、疲労の度合いはカイロにいる時よりも少ない気がします(写真4)。

写真5.ミニヤ大学薬学部ムハンマド・サラーフ・カーミル先生と博士課程に所属するジョン・ラアファットさん

写真6:ミニヤで見つけたWinkのCD

こちらで最初にお会いしたのは、北アフリカ研究センターの客員共同研究員でもあるミニヤ大学薬学部のムハンマド・サラーフ・カーミル先生だったのですが、先生の車のなかにWinkのCDがあって驚きました(写真5、6)。「先生、これは・・・?」と聞くと、「おお、懐かしい、Winkは日本に留学していた1990年代前半によく聴いたんだよ~」とおっしゃって、さっそくCDをかけてくださいました。・・・・なかなか興味深く、懐かしい感じの音でした。それにしても、まさか外国人をほとんど見かけないようなエジプトの地方都市で、WinkのCDに出合うとは。

今回、いつも調査させていただいているミニヤ近郊のT村で、コプト正教会の若者たちが新しい活動を行なっていると聞いて、見学に行ってきました。新しい活動というのはボーイスカウト(女子も含まれます)のことで、アラビア語では「カッシャーファ」と言います。下は4,5歳から上は20代前半の若者たちが関わっており、リーダーたちがミニヤ市の主要教会でキャンプや災害時の救援活動、ディスカッション等のトレーニングを受け、その内容を自身の教会で教えるそうです。国旗掲揚から始まり、リーダーの号令に合わせた動きの練習、ディスカッション等を行なう、揃いの制服を着たスカウツたちは、どこか誇らしげで、とても楽しそうでした。(写真7)

写真7:T村M教会のスカウツたち(2012.7.23)

年代別のグループがいくつかあるということで、わたしは高校1年生以上の約20人から成る年齢が一番上のグループを見学させてもらうことにしました。観察(調査)させてもらうだけのつもりだったので、彼らの活動を邪魔しないようにと後ろの方に座ろうとしたら、「日本の大学から来たドクトーラ(大学等の教員につける敬称・女性形)です。一言お願いします」とリーダーに言われ、一転、「観察する者」が「観察される者」となりました。思いがけない展開に内心少し焦りながらも、「はじめまして、日本の筑波大学から来ました」などと挨拶を終え、それでは、後ろに戻りましょうと思ったら、今度は「ドクトーラに質問がある人は?」というリーダーの声。またも内心焦りましたが、逆にわたしがリーダーの立場でもきっと同じようにするだろうなと思い、その場にとどまりました。調査する者が調査される者となる逆転現象、フィールドワークではよくあることですが、今回は大学の授業のような感じだったので、なかなかおもしろかったです。

最初は少し躊躇していたスカウツたちですが、すぐに次々と手が挙がり、「エジプトはどうしたら日本のように発展した国になれますか」「日本の成功は、テクノロジーだけのおかげですか?それともテクノロジーと人、両方のおかげですか?」「日本とエジプトの教育の違いは何ですか?日本の成功は教育の内容と関係がありますか?」等々といった質問が出てきました。日本に良いイメージを持ってくださるのは大変嬉しいですが、日本にもたくさんの問題―震災、いじめ、雇用等々―があるんですよと思いながらも、強く印象に残ったのは、彼らの質問のほとんどが「エジプトをよくすること」に関わっていたことでした。

周知のとおり、エジプトでは2011年1月に政権打倒デモが活発化し、2月11日には盤石の体制と思われていたムバーラク政権を崩壊に導きました。この1月25日革命の中心となったのは若者たちです。ミニヤではカイロほど活発なデモ活動は起きませんでしたし、T村でデモが起きたという話も聞きません。しかし、T村の若者たちもFacebookやYou Tubeを通して、固唾を飲みながら革命の動きを見ていたことは間違いありません。政権が崩壊した1年4カ月後の去る6月、新大統領が誕生しましたが、課題は山積みです。若者たちも、新大統領のもと、これから国がどうなっていくのか、自分達の意見がどれだけ反映されるのか、多くの不安と期待を持って日々を過ごしています。とくに宗教的マイノリティであるコプト・キリスト教徒たちにとっては、ムスリム同胞団出身であるムルスィー新大統領がコプトたちをどのように位置づけて国造りを行なっていくのか、期待よりも不安を持って注視しているというのが実情でしょう。そのようななかで、今回会ったコプトの若者たちがスカウト運動を通して、エジプトという国を良くしていこうと前向きに活動しているのを見たのは、大変心強いものでした。

* 写真はいずれも筆者撮影

岩崎 真紀(筑波大学北アフリカ研究センター・人文社会系 助教)

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